平成シャングリラ

日々の出会いを書き連ねます。

小さな物語 秀才廃業

少年がいた。なんでも知っている少年だった。

少年はやがて成長し青年になった。成長の狭間で孤独を知った少年は孤独を利用しありとあらゆる森羅万象、古今東西の知識をこれでもかと詰め込んだ。少年は青年になると同時に所謂、物知り、博学そして秀才へと移り変わった。

 

そして、青年はもう一度集団へと戻って行った。

青年は人との付き合い方を知らずにいた。なので初めて会う人々に理解してもらおうと常に全力で自分を出し切った。青年の容姿は周りの人間より整っていた。そのお陰で人脈は急速に拡大して行った。青年は戸惑ったがそれ以上に大きな大きな自信を感じた。「自分は他の誰よりも天才である。」そういう風にさえ思った。

「天才たるもの自らの知識を使い人々を助けなくてはならない。」そう思った青年は色々な悩みを抱えている人間の相談に乗った。

その一方で他人の在り方を己の高い理想に近づけようと、言い換えれば半ば強制的に理想の姿にしようとした。個人ではなく集団に対して。青年は少しづつ見えないような恐怖を感じつついた。青年は自分の悩みこそ他の誰よりも大きくなくてはならない。と思っていた。

青年は常に自分が正しく他の人間は自分より劣っているきっと心の中でそう思っていたのだろう。

青年は恐ろしい程に感が鋭かった。孤独を十分に知っている青年は他人が自分から離れそうになれば道化を演じ笑わせ時には自らを破壊した。

その様なことをやっていた青年は日に日に何もかもが崩れていく事に気づき始めた。その感覚は終わりの見えないマラソンに似ていた。精神は蝕まれ身体はみるみるうちにやせ細って行った。それでも青年は他人の為に(若しくは自分の為に)走り続けた。

 

青年は恋をした。そして恋人になった。青年は恋人を気遣い又、恋人も青年を気遣った。束の間の“幸福”。しかしながら青年にとって“幸福”というのはある意味での“不幸”であり恐怖の対象でもあった。青年の恋人に対する思いは暴走し始めた。青年は恋人を疑い、恐怖した。そして何よりも恋人を疑った自分自身を咎め、破壊し、何もかも投げ出そうそう考えてさえいた。青年は毎日不安な日々を送った。「秀才たる自分は恋人を満足させているのだろうか。自分は恋人に捨てられてしまう。」と毎日恐怖に苦しんでいた。その恐怖や葛藤を恋人に吐露してしまった。恋人は日々精神をすり減らしとうとう二人は元道りの状態に戻ってしまった。

 

再び孤独の闇に一人取り残されてしまった青年は突如としてやって来た現実を理解する事が出来なかった。あったはずの世界が歩んで来た道が真実である真実が突然あたかも初めから何も無いような状態になってしまったのだ。

青年は現実を受け入れる事が出来ず必死に笑った。笑い続けた。

そして自分自身の自尊心を著しく傷つけた恋人に怒りを覚えた。(それ以上に恋人に怒りを覚えてしまった自分自身に怒りを覚えた。)

青年は必死になって恋人を取り戻す方法を模索、考察、行動した。しかし結果も虚しくそんな事を何の成果にもならなかった。それ所か青年を信じていた人間をぞんざいに扱い落胆させてしまった。

青年は何も出来なくなった。持ち前の知識量が仇となり考え、知識の底なし沼に這い上がれず落ちていった。落ちて落ちて落ちて落ちて更に落ちていった。

 

青年は孤独になった。青年はその奈落の光景を知っていた。少年の頃青年は同じ景色を見ていたからだ。出口だと思った突破口は入口だったのだ。

そして青年はありったけの哀れみの感情を自分に向けて小さく呟いた。

 

「また、ここか。」と。

 

今日も彼は知識の山に一人咽び泣いているだろう。

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